ヨーロッパ(フローラ・ルイス)後編

ヨーロッパの債務危機の国を総称してPIIGSと言います。

ポルトガル・アイルランド・イタリア・ギリシャ・スペイン
の国名の頭文字です。

 

私は、このヨーロッパと言う本を読んで、

ヨーロッパの現在の状況を学ぶ事ができました。


フローラ・ルイス女史は、2002年に亡くなっていますが、彼女の書いた本が正しければ
ヨーロッパは、なおしばらく停滞を余儀なくされると思います。

 

優れたジャーナリストとしての彼女の感性は、
ヨーロッパの個々の国々の現在の姿を、その瑞々しい感性で描き出すと共に、

読後感としては、共通通貨ユーロの前途は暗いと思わせるものでした。

 

それは、ヨーロッパ各国の個々の国々の今を、柔らかく行き届いた感性で
表現する事によって、ヨーロッパ連合は、共通通貨ユーロを採用しても

単一の価値観のヨーロッパではなく、
はるかな昔から続いている伝統的な秩序を重視する国と、新しい事象への挑戦を重視する国とが
混じり合った単一の価値観ではない混合体である事を、淀みなく表現していると言う事でした。


この本によれば、PIIGSは、近代化を推し進めても、

中々伝統から抜け出せない国家群であると、読み取る事もできます。

 

日本のメディアでは、元気のあるヨーロッパを北部、
元気の無いヨーロッパを南欧と言う言い方をしています。

 

元気の有るヨーロッパの代表であるドイツ。
国家に依存しない(あるいは統一国家を歴史的に持たない)で、近代にまで
辿り着いたドイツ人。彼らの置かれていた状況を、よく表すのは、
次のゲーテの言葉だと思います。

「ドイツ人よ、国民になろうなどと望んでも無駄だ。その代わりにより自由な人間に自分を
育てあげることだ。これならできるだろう」

ドイツは、イギリスやフランスなどと違って、長い間、政治的には一国の体を成してはいなかったのです。
そんな自国の状況に絶望して、新天地アメリカへ移民したドイツ人が最も多かった時代が、
日本の明治維新前後です。

 

南欧の代表であるスペイン。世界史を勉強した際に、栄光の大航海時代には、
ポルトガルと世界を分け合った国と学びました。その後、無敵艦隊が
イギリスに敗北して以降、歴史教科書から殆ど、姿を消してしまっていた事が不思議でした。

けれども、フローラ・ルイス女史の本を読んで、その後の概略を理解する事が出来ました。
一言で言えば、スペインを含むPIIGS諸国は、伝統的な価値観をその後もずっと持ち続け、

近代的な体制への移管が進まなかったと言う事です。

 

彼女の言葉で言うと、イベリア半島の国(スペイン・ポルトガル)は、
「現代ヨーロッパのどん尻」を歩いている、と言う事です。
またスペイン人、ポルトガル人自身が、その事を最も痛感していると言うことです。

 

私は、フローラ・ルイス女史の「ヨーロッパ」と言う本を読み終えて、

即座に二人の人間を思い浮かべました。
一人はドイツ人、一人はスペイン人。そして彼等の思考習慣が、密接にその国の
歴史と関わり合いが有る事に、衝撃を受けました。

 

ドイツ人ギーノ、彼に出会ったのは、1,991年の秋、高知駅前のユースホステルでした。
坂本竜馬ファンの私は、桂浜の竜馬に会うべく、ユースに宿泊しました。
宿泊した翌日の朝、白人3人と挨拶を交わしました。その内の一人が、ギーノでした。
その日、彼らと観光を一緒にする事になり、彼らと親しく過ごしました。
ギーノは、関西に行く予定だと言うので、連絡先を告げて別れました。
そして関西に来た時に、連絡をくれて、私の実家に数日滞在しました。
彼との日々は、新鮮で刺激的でした。以下は、彼との対話です。

私「知らない国を旅して、何が面白いの?」
ギーノ「新しい事と出会える、それが自分にとって何より刺激的で新鮮なんだ。」

私「では、知らない国を旅して、気をつけなければならない事は何?」
ギーノ「出来るだけ地味な服装をする事だよ。そして、その土地の人々に敬意を払う事。」

彼は、本当に、新しい事を楽しんでいました。
そして、異国での心得も的を得ていると思います。
事実、彼の服装は、グレーのトレーナーに黒のジーンズで、日本に馴染んでいました。

 

関西の最初の日は、難波で落ち合いましたが
当時の普通の居酒屋で、晩御飯を食べました。冷奴を頼んだ彼は、感動しきっていました。
感動のあまり、目が半分充血している彼に、どうしたの?と問うと、
「ドイツでは、こんなにしっかりした豆腐は食べた事がない」と感動してくれていました。
冷奴ですから、きぬこしで、日本人には、ごく普通の食感だったと思います。

私の実家に泊まった翌朝、家人が目を覚ますと、彼は居ませんでした。
せっかく、日本人の住居地域に来たのだから、散歩してみたいと思ったのでしょう。
何時まで経っても、彼が帰ってこないので、どうしたんだろう?と、みんなが
気を揉んでいると、彼からの切羽詰った電話が有りました。
「僕は今どこにいるんだ?!!」散歩が凄く面白かったので、色々歩いている内に、
道に迷ってしまったと言う事でした。「近くに青い小売店が有る!!」と言ったので
ローソンの近辺に居ることがわかり、無事見つける事ができました。

「かまぼこみたいなホテルが有るだろ?あれに泊まりたい。」
カプセルホテルの事でした。そして、すぐに彼は実行し、刺激的だった
と言って喜んでいました。ヨーロッパ人に有名なゲストハウスが京都に
有るので、そこに泊まりたいと言って、またすぐに実行しました。
彼の感想は、「特に何も感銘は受けなかった」と言うものでした。

アメリカの映画を見に行くと、横でゲラゲラ笑っていました。
聞くと、スラング(俗語)が凄過ぎて、半分くらい英語が
聞き取れなかったからだ、と言っていました。

アメリカ人やイギリス人やフランス人が、世界中の人が、自分の国の言葉(英語・仏語)を
話すべきだと思っているのは、とても愚かな事だと言っていました。
どの国にも、固有の文化(言葉)があり、それを否定するのは、愚かな事だと言う事でした。
現代ドイツ人ならではの感性だと思います。

パリで道に迷ったなら、フランス語が話せないと、迷子になるよ、とも言っていました。
これは、共通通貨ユーロの盟主であり、EUの創始者でも有るフランス人気質を
考える上で、重要な指摘だと、今更ながら頷かされます。
もし現在もそう言う状態なら、大部分のフランス人は、他の国の人達と関わりを持たなくても、生活ができる仕組みになっていると言う事なのだと思います。

ドイツでは、誰でも大学に入学する事は、できる。だけど、進級するには、大変な努力が必要なんだ。

とも言っていました。
教育先進国ドイツは、そうなのかと思いました。

一人で気軽に飲みに行ける様な所が、日本には無いのが残念だと言いながら
大阪梅田の阪急東通商店街の喧騒には、雄叫びを挙げていました。
ドイツ人ギーノは、実証精神に溢れ、新しい事との出会いに喜びを見出す人でした。
同時に優しく繊細な心の持ち主でした。

日本では、風呂上りに、丹前を着るんだよと言うと、ジーンズを履いたままで丹前を着て
夕食を食べてくれました。おでんには、和風からしをつけて食べるものだと言うと
洋風からしのマスタードと同じように和風からしをたっぷり塗ったので、
「待って、それは辛すぎるよ」と言う制止を聞かずに、食べて
涙をボロボロ流しながら、「すごく美味しい」と、言ってくれました
実家の2階に寝ていた彼は、夜寝静まった後に、1階の便所に行く際には、
出来るだけ音を出さないように、階段を降りてくれました。細やかな彼の心に触れて
最初、私が白人の大男を連れてきた際には、怖がっていた家人も
すぐに、私以上にギーノに親近感を持つようになりました。
また、阪神・淡路大震災の時には、心配していち早く国際電話をかけてくれました。

ギーノと街を歩くのも、私には刺激的なものでした。
曰く、夜遅くまで働く日本人を見て「なぜ、こんなに日本の人は、長時間働いているのか?」
   電車のホームでは「公共交通機関が、どうしてこんなに正確なんだ?素晴らしいよ。」
   等々、ドイツはそうじゃなかったの?と思う事が多くて、刺激的でした。

異国の人と交流するのは、話をするだけでも大変刺激的です。
なかでも、以下の対話は、とりわけショッキングでした。

私「東ドイツが無くなって、ベルリンの壁が取り払われて、ドイツが一つになって良かったね。」
ギーノは複雑な表情を浮かべて「統一ドイツ政府は、旧東ドイツ国民に、当座の生活資金と、

資本主義社会で生きていくための技術取得資金として、一人につき200万円を支給したんだ。

それが、どのように使われたと思う?」と言いました。

私「わからない・・・」


ギーノ「東ドイツの人は、新しい車を購入して、それで終わりなんだ。」と言いました。


彼等にとっては、仕事は国家があてがうべきものであると言う認識が有るから仕方ないと、言いました。
つまり、旧東ドイツ市民にとって、仕事は待っていれば、いずれあてがわれるものだ、

と言う認識だと言うのです。
国家体制と、人間の思考習慣には、重要な結びつきが有ると、彼の話から、初めてそう思いました。

 

現在でも、旧西ドイツ地域と旧東ドイツ地域の経済格差は、かなり有るようです。
統一後、旧東ドイツでも、ドイツ人なのだから、

すぐにでも自由主義社会に順応できるだろうと言う楽観論は、
すっかり影を潜めて、現在では2世代くらいは、時間がかかるだろう、

と言った見方が支配的だとフローラ・ルイス女史は言っています。

 

スペイン人エミリオ、彼と出会ったのはインドのダージリンでした。
格安なゲストハウスが集まる山の集落の中に有る、たまり場のレストランでした。
そこには、色んな国籍の人間がたむろしていました。アメリカ・アイルランド・ドイツ・

ケニア・イギリス・韓国・オーストラリア等々。
日本の大学で4年間学び、マドリードの企業に就職が決まっていると言うエミリオは、
その中にあって、独特の存在感が有りました。


彼は、事ある毎に、こう言いました。「僕は、宗教的な事以外には、興味は無いんです。」


インドの中でも、過ごしやすく又治安も良いダージリンは、

他の気が抜けないインドの地域を旅してきた旅行者にとって
はめを外して、ホッとしたくなる場所です。

そのレストランで、度々他の旅行者がはめを外すような事があっても、
エミリオは、片隅のテーブルで静かに、紅茶を飲んでいました。
彼が、身を乗り出して話に乗ってくるのは、決まって宗教の話題の時でした。
そして、宗教の話題から話がそれると、「僕は、宗教的な事以外には、興味は無いんです。」

と言ってテーブルの片隅に戻っていくのでした。

彼の言動と行動は、まさしく一致していました。


ダージリンからカルカッタ(コルカタ)まで、エミリオと行程が一緒だったのですが、
ダージリンでは、彼は、チベット仏教のお寺に日参していました。
そしてカルカッタでは、マザー・テレサの死を待つ人の家(ニル・マル・ヒリダイ)に日参していました。
毎日が篤信的でない普通の日本人の私は、ダージリンからの長い知り合いで同じ宿で過ごしても、

彼とその後も、あまり親しくなる事は有りませんでした。

一方で、エミリオの頑なさは、
日本人の気質とも通じるものが有り、親近感を抱いていたのも事実です。
かたくななだけで、根っこは気が良くて、敢えて言えば、生真面目な中学校の理科の先生

のような印象をエミリオには、持っています。


イベリア半島は、「底の底までローマ・カトリックの国である」

とフローラ・ルイス女史は言っています。
エミリオは、信仰に篤いスペイン人だったと、思います。

 

私は、幸運にも世界中の殆どの著名な宗教の人の家に泊めてもらいました。
その中でも、ローマ・カトリックを信奉する方々とは、とりわけ縁が深く
その人達と交流させていただいた事が、今でも生きる力となっています。
他者への思いやりに溢れ、本当に素晴らしい精神性を持たれていると思います。

 

第二次世界大戦後に、ドイツが奇跡の経済復興を遂げると、歴史学者や経済学者は、
色んな理由を並べ立てたそうです。でも最後には、

そこに住む人間の問題だと言う事で落ち着いたそうです。
ドイツでは、資格制度(マイスター)が古くから発達していて、

熟練の人々の技術や合理的な思考方法は、
2度の世界大戦の惨禍を経ても、変わる事が無かったと、フローラ・ルイス女史は言っています。

 

国家に希望を持てなかった人々は、ゲーテが言うように、自分を鍛え上げ、
希望が持てない古い体制(国家)よりは、新しい事象(自分の資格所得や技術習得)に

前向きで、そうする事が生き延びる術だった、と言う事でしょうか?

 

旧東ドイツ国民数千万人を受け入れ、今でも経済は堅調で
かつ、「ドイツは、今後もユーロを支え続ける」と近隣ヨーロッパの国々が一致して
考えている事自体、ドイツは、まさしく「不死鳥」なのだと思います。フローラ・ルイス女史の
タイトルの付け方(不死鳥と灰)に、感銘を覚えます。

 

スペインについては、フローラ・ルイス女史は、一つの国家の中にある地域的多様性と、
遅れた国家が、近代化して行く事への困難さ、を描いています。
1,975年のフランコ将軍の死後以降、スペインは、急速に国際社会に復帰します。
(彼が死ぬまでは、ヨーロッパ社会から、村八分にされていた。)
その過程の困難さを、次のように言っています。
「昔ながらの物の考え方を変えていくのも、大仕事だった。」
「長年に渡って続いた貧困の産物である思考習慣を打破する為にも、鍵となるのは経済であった。」

等々


つまり、新しい事ではなく、過去へ回帰していく思考習慣が主要な問題の一つであった、

と彼女は言っているのです。

 

誤解を恐れずに言えば、ギーノは、ドイツ的土壌から生まれやすい人間像で、
エミリオは、スペイン的土壌から生まれやすい人間像と考える事も出来ます。
私は、この「ヨーロッパ」と言う本を読んだ時に、今ある形を変えていこうとする
前進的なヨーロッパよりも、今ある形を維持しようとする
保守的なヨーロッパの方が多い事に、言いようも無い
親近感を覚えました。日本人も保守的な風土の中にいて、
同様に世界中の大部分の人々は、保守的風土の中に生きていると言う事に親近感を覚えました。

 

しかし金融危機を経た今、世界の様相は、否応なしに変わってきています。
その激変に、いち早く対応し、国内でやるべき事は、すべて終えている国は、

大国に絞って言えば、ドイツとアメリカです。


この二つの国は、国家の関与を嫌う(あるいは国家に期待していない国民性)

と言う事で共通しています。
個々人の自由な思考を尊ぶ思考習慣とも言えます。
伝統的なヨーロッパを打破しようとする、前進的なヨーロッパ(アメリカも含めて)。

そのエネルギーが、世界の近代史を動かしてきたと言えるのかもしれません。

 

統一通貨ユーロの一方の盟主であり、ゆるぎないパリへの中央集権国家である

フランス経済の深刻な現状を見ると
前進的なヨーロッパ(アメリカ)が、今後ますます、優勢な世界となっていきそうな気配です。

 

世界中の伝統を重視する国は、今後も右往左往しながらノロノロと、

前進的なアメリカやドイツ等の国の後を、遥か後方から追う事になりそうです。

 

アメリカ発の金融危機後の状況は、一方でアメリカ、一方でドイツが有利な状況になっています。

 

私自身のの職域の一つである会計の世界を取ってみても、

世界の先進地域は、アメリカ・ドイツそしてイギリスです。

 

しかし経済的には有利であっても、精神的な面で幸福かといえば、

必ずしもそうではないようです。

 

ドイツ人ギーノは、梅田のバスターミナルで、空港行きのバスを見送る際に、

「禅、仏教徒の心」と言う英語の本を
私にプレゼントしてくれました。

 

私が、宗次郎の「日本の歌、心の歌」と言うCDを
プレゼントした事に対するお返しでした。

彼も、日本への色んな関心の一つに、宗教的関心を持ってくれていたようです。
そして彼はしきりに、「多くのヨーロッパ人は、抑圧されている」と繰返し言っていました。

 

また、まったく別の人物ですが、前進的なヨーロッパと言う事で共通するノルウェーの

オスロ在住の初老の旅行者、
彼とは、インドのゴアのバスコ・ダ・ガマで同宿しました。
お酒が進むにつれて、彼は、くだを巻き始めました。
「ノルウェーは、家族に冷たい。アジアは、家族同士が暖かい。だから、その温かみが好きで
僕は、この年になっても、一人でこの地域を旅し続けているんだよ。」と。
泣き上戸の彼を、介抱するのが大変だった記憶が有ります。

 

前進的な地域の人々も、心の面で大変さを抱えているようです。
その地に居住した事がない私には、何故なんだろう?

と想像力を膨らませるしか有りませんでした。
でも、彼等との交流を通じて、ヨーロッパが夢の国ではない、と言う事は、理解できました。

 

最後にフローラ・ルイス女史の出身地であるアメリカ。
アメリカが、幸運な国であったと言うのは、次のゲーテの言葉が、表していると思います。

「合衆国に」
  
アメリカよ、君は
われわれの古い大陸より具合がいい。
君は、崩れた城も
玄武岩も持たない。
心の中で
活気づいた時に、
無益な思い出や
むなしい戦いに妨げられもしない。

                      ゲーテ

アメリカは、ルソー・モンテスキューと言った当時のヨーロッパの思想家の

近代民主主義精神を携えて、古い伝統の影響を受けずに
建国した国、と言うのが、ゲーテの言葉から伺えます。


従って、アメリカは、ヨーロッパよりも自由で、ヨーロッパの親戚なのですが
ヨーロッパより進歩の速度が速い国と言うことができます。

 

そのアメリカ的な自由さの極致に、巨大なグーグルと言う会社が有ります。
「世界中の知の再構成を行う」
こんな社是は、聞いた事がありません。
ここにも、伝統を打破しようとする、自由な思考習慣が有ります。
グーグルやアップルと言ったアメリカのITの巨頭は、
成熟国ではなく、新興国に目を向けていると言います。
それは、今までパソコンを持たなかった新興国の人に、グーグルやアップルファンに
なってもらって、クリックしてくれれば、広告収入につながると言うものです。
新興国の人口数は半端ではなく、「量が質に転化する」と言う戦略のようです。

ITと言う意味で、世界は、益々フラット化(均一化)していくのでしょう。
今、新興国の下町で夕方、中高生が集まっている店と言えば、

i-phoneの店かgalaxyの店です。

 

フラット化は、伝統的な社会(成熟国)に生きる人々にとっても、変化です。

 

ドイツ人ギーノは、ドイツ統一直後の困難な時期でも、新しい事に対する積極性を失わずに
変化を、楽しんで生きているように見えました。
良い事ばかりではなく、その後、職を変えた後は大変な思いをしている、

と言う手紙も受け取りました。
彼とのやり取りを通してですが、ドイツは、国家も、個人も流動しているように感じます。
現在でも、ドイツはユーロ圏の他の国を支援し続けるのか、どうか?

と言った世界的な命題をつきつけられています。

 

これから未来にかけては、益々変化していく時代です。

そうであるなら、日本の若い人達にも、ギーノのように
その変化を積極的に、楽しんでもらえたらと思います。

 

フローラ・ルイス女史の「ヨーロッパ」と言う本は大変素晴らしいと思います。
これほど行き届いた鋭敏な視点で、平易に現代のヨーロッパを、紹介した本は、
しばらくは出ないのではないか、と思います。

 

ヨーロッパの債務危機からも分かるように、ヨーロッパには、でこぼこが有ります。
そのでこぼこの理由を分かりやすく説明してくれているのが、「ヨーロッパ」と言う本です。


ヨーロッパを理解する事は、先進地域である欧米を理解することに繋がると思います。


経済や金融に限らず、いろんな意味での指針となると思いますので、

是非若い人達にお勧めしたい本です。

 

                               2013年7月13日 槻木記